合羽摺の技法

合羽版とは

合羽摺りの合羽は、ポルトガル語の“Capa”から発生し、元来は「外套」即ち英語の「オーバーコート」と同義語で、ラシャや木綿の布地、桐油紙などで体形に合わせて作ったものを、雨の日に衣服の上から羽織るものという意味でした。

これとは別に、日本では版画の世界で合羽版という呼称が1746年(延享3年)に既に使われ始めています。数枚の薄い和紙を柿渋で塗り、張り合わせて仕上げた強靭な紙が合羽紙と呼ばれていました。この合羽紙に描画し、作品の最後の仕上げに墨色で輪郭をつけて摺る「骨線摺り」に多用された技法が合羽摺りというわけです。(合羽版は直接手で行うので「刷る」という用語ではなく「摺り」を用います。また合羽紙は柿渋で塗り固めて作られていることから、和染めでは一般的にこれを「渋紙」といいます。)

さて、森義利の技法を考えてみると、それは合羽版と型染版の併用というのが最も正しい呼称です。英語ではステンシル・プリント (Stencil Print) と訳されていますが、正確に言えばその工程に含まれる型置き (糊置き) や糊伏せの部分については表現されておらず、やはり合羽版と型染版の併用、ミックスド・メディア (Mixed Media)というのが正しいということになります。

版画の四つの技法

一般に大別される版画の技法を、基本的な知識としてあげると

凸版
文字通り凸版(トッパン)形式を代表する最も古くから使われている技法で、木版がその代表的なものです。英語ではリリーフ・プリント(Relief Print)と言っています。
凹版
これは銅版、亜鉛版、リノリュームなどの素材の上に、針や彫刻刀などを用いて版上に凹面をつくり、彫った溝の中にインクをつめて刷る方法でインタリオ・プリント(Intaglio Print)と呼ばれています。
平版
油が水をはじく原理を用いたヘイハンで、石版画(リトグラフ)がその代表的なものです。石灰石に油性の解墨、鉛筆、チョーク、クレヨンなどで描画し、その上から滑石粉末を塗布し更に硝酸を加えたアラビアゴム液を塗ると表面が変化して、描いた部分にはインクが付着し、描いていない部分は水を吸収してインクをはじきます。最近では石灰石の代わりに亜鉛板やアルミ板を使って大判の作品を制作しています。
孔版
コウハンと呼ばれる技法の孔は穴を意味しており、各種の紙を凸版の版木代わりに用いてそれらをくり抜き、その切り抜いた穴の上から筆で絵具を摺り込んでいく方法です。

この外にセリグラフやシルク・スクリーンと呼ばれる謄写版の技法もあります。従来の謄写版技法を発展させたものとして、商業用のポスターや発注芸術の版画に非常にポピュラーな技法です。

以上の版画の形式の中でお気付きのように、森義利の技法は最後の項目である「孔版」ということになります。

森義利の制作工程

下絵の作成

彼には、常にスケッチブックと鉛筆は離さない、根っからの画家気質が生来そなわっていたようです。たとえばテレビのドラマを見て「平家物語」を仕上げてしまう場合など、単にその物語を視ているのではなく、彼は書棚から「平家物語」を出して熟読玩味し、系統的に自分なりの作品のシリーズを組み立てておいてテレビの前に坐る。場面のひとこま、ひとこまを瞬間的に把握していく時、彼の脳中には人物の配置、大道具、小道具、背景などが時代考証と共に去来し、鉛筆はスケッチブックの上に飛翔して、目の廻るような速度で走り廻るのです。

そして山積みされたデッサンの中から選び出されたものが版画の下絵として出現し、ある時は強い筆勢と大胆なフォルム、ある時は繊細なまでの描写にと変化していきます。それは墨一色から多彩色に至るまでの千変万化の世界となります。

  1. 工程1:原寸大の下絵を描き、渋紙にはりつける
    工程1原寸大の下絵を描き、渋紙にはりつける。

型紙の作成

これらの下絵は、文様化されたり、密度の高い単純化されたフォルムで彼独特の型式化をされ、型彫りに移ります。下絵を渋紙に蜜ろうで貼り、小さい刀で彫っていきます。

作品の色数によって型は数枚になります。型が彫り終わると、型紙の表面に寒冷紗を置いて漆で塗り固め「紗張り」をします。森の図柄は大体においてフォルムそのものがつながり形つくられていますが、ものによっては型そのものから離れてしまう形や線があり、それらをつなぐ必要からもこの薄く目の荒い寒冷紗が用いられます。従って、この「紗張り」は型紙を扱いやすくし、より堅牢にするためです。

  1. 工程2:刀を研ぐ
    工程2刀を研ぐ。型彫りはこの刀一本で仕上げる。
  2. 工程3:墨線となる主型、色板となる摺り込み型を彫る
    工程3墨線となる主型、色板となる摺り込み型を彫る。型がばらばらにならないように「つり」と呼ばれる線で全体が構成される。
  3. 工程4:完成した型から下絵をはがす
    工程4完成した型から下絵をはがす。
  4. 工程5:型の細かい線を守るため紗を型に張り、紙の上に置く
    工程5型の細かい線を守るため紗を型に張り、紙の上に置く。

作品制作

まず「紗張り」された型紙を10分程度水に浸けます。水を含みしなやかな状態になったら水気を拭きとります。

和紙の上に大きなフォルムとしての型を置き、そのまわりに地紙の色を残すため「防染の糊置き」をします。その後型をはずし、糊が完全に乾いてから色差しに入りますが、それぞれの作品の仕上がりに従ってこの工程には数枚の型が必要となります。

色差しには多種多様な顔料が使われます。これらの顔料を摺り込んだ上から植物染料を引いたりすることで画面に独特の潤いを与え、絶妙ともいえる効果を出しているのは全く他の技法の追随を許さぬ彼の独壇場といえるでしょう。

作品の色差しが終われば、主型といわれる墨による骨線摺りで仕上げとなります。この主型は色彩の上を防染糊で覆い、型をはずして残された線描の部分に墨色を入れるという工程です。

最後に、摺り込まれた紙を水洗すれば防染糊が剥落し、作品が完成します。濡れたままのこの作品を板に貼って乾かし、限定番号とサインを入れます。

このように下絵―型紙―型置き(糊置き)―色差し―隈取り―骨線摺り―水元という順序は全く型染めの技法ですが、森義利の場合はこれとはまた別に型置きの時に糊置きをせず、型紙を直接紙の上に置いて色差しをする直接法の合羽摺りを、一つの作品の中に同時に行っている場合も多く、正確に言えば併用版ということになります。

彼自身の六十年のキャリヤから一種独特の色彩が誕生し、この色彩が日本人の血脈につながり、わが国の伝統の世界がこの版画の上に展開されているのです。

  1. 工程6:柔軟性を持たせるために型をぬらし、余分な水気をふきとる
    工程6柔軟性を持たせるために型をぬらし、余分な水気をふきとる。
  2. 工程7:はじめに摺り込み型で色別に色をはけで摺り込む
    工程7はじめに摺り込み型で色別に色をはけで摺り込む。
  3. 工程8:色摺りの点検
    工程8色摺りの点検。
  4. 工程9:糊伏せ
    工程9糊伏せ。完成時に白く残したい部分に防染糊を施す。
  5. 工程10:型をとりはずし、糊を完全に乾かす
    工程10型をとりはずし、糊を完全に乾かす。
  6. 工程11:墨入れ
    工程11墨入れ。
  7. 工程12水元。水に浸して防染糊を洗い流す。

  8. 工程13水張り。

  9. 工程14仕上がり点検。時により手彩色。

  10. 工程15サイン、印入れ。

糊について

「糊」は餅米を石臼などで極く細かくなめらかに挽いたものと適量の米糠と塩を湯でねり込み、だんご状あるいはドーナツ状に仕上げ蒸し器で蒸す。その後、鉢に移し、棒状のもの(山椒の木などがよく使われる)にて練り上げる。これが基本の糊となり、必要に応じて、この糊と生糠、石灰(のりの切れをよくし定着させる)と混ぜ併せ、防染のりとして使用する。

現在は糊は製作工場などで作られ、販売されているので、各自が作ることはないようです。